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オータしゃちょうの風雲録

自分史そしてヴィナイオータ史 その6

1997年 日本ではうちの親が隠居すべく茨城に土地を買って家を建てようとしていた。どうせ建てるのならと、プライベートセラーにでもなるかと考え、地下倉庫を作っておいてもらう。8坪くらいのスペースなのだが、後にここに約10000本のワインを無理やり入れて商売を始めることになるのだが。 1998年 ソムリ ... 続きを読む

自分史そしてヴィナイオータ史 その5

1997年 冬 レストランで働き始める。 オーナーがソムリエなせいもあり、小さい店ながらにワインの品揃えはなかなかでした。彼が働かない(きたくない)時に僕が働くというスタンスで、ホールは僕以外1人しかいなかったので(ひどい時は僕1人)、ほんとに好き勝手にやらせてもらいました。自分が飲みたいワインを開 ... 続きを読む

自分史そしてヴィナイオータ史 その4

1996年 秋-1997年 春 フィレンツェで同じ語学学校に通っていた日本人の女の子で、僕がローマ行きを決めた時に彼女は彼女でたまたまローマに仕事を見つけ、ルームシェアをすることに。一緒にアパート探しに出かけたがその日に収穫はなく、帰りの電車まで時間があったので前にも登場した酒屋の経営するワインバー ... 続きを読む

自分史そしてヴィナイオータ史 その3

1995年 春 渋谷にある某イタリア語学校の”留学準備コース”なるインテンシブなコースに通う。理屈っぽい日本人、そして文法の難しいイタリア語なので、基礎はしっかりさせようと思いまして。 初冬 渡伊、Sienaに住む。ラッキーなことに学校が紹介してくれたアパートが町のど真ん中(カンポ広場のすぐ近く)で ... 続きを読む

パオロ ベア その1

この造り手のワインを始めて飲んだのは、ローマで働いていたレストランで。当時はもっと青みがかっていたラベルのRosso di MontefalcoとSagrantinoPassito。Rossoは温泉卵みたいな香りが強いが飲むと案外気にならなくて、Passitoは素直に美味しいんだけど澱が異様に出てた ... 続きを読む

自分史そしてヴィナイオータ史 その2 ちょっと補足

沢山の方から”ワインのために行くというのなら、なんでフランスじゃなくてイタリアだったのか?”と聞かれるのですが、あまり何も考えずにイタリアでした、料理も好きだしワインも好きだし。学生時代に飲んでいたワインといえば2,000-3,000円くらいのものが多かったと思うのですが、その価格帯ではやはりイタリ ... 続きを読む

自分史そしてヴィナイオータ史 その2

1990年続き 家庭教師をすることになった家に初めて行ったときにワインをご馳走になった。モーゼルのワインで、ハーフボトルだったから上のほうのクラスのものだったのだろう。この時初めて、酒そのものを心底美味しいと感じることができた。それまでは酒を美味しいと感じたことがなく、甘いカクテルなどを飲んでいたし ... 続きを読む

自分史そしてヴィナイオータ史 その1

僕そしてヴィナイオータが現在に至るまでに起こった転機となるような出来事を時系列的にぼちぼちご紹介していこうかと思います。 1971年 バローロにとっては70年代最高の年、当時のバロリスタたちがネッビオーロに長期のマセレーションを行い、そのワインの圧搾を行う頃、オータ生まれる。 1982年 小学5年生 ... 続きを読む

ヴィナイオータのウェブサイト開設に伴い

このブログをご覧の皆様 こんにちは、ヴィナイオータの太田です。 有限会社ヴィナイオータは主にイタリアのワインを輸入し、酒販店への卸売とレストランへの小売を行っている会社です。 今回ウェブサイトを立ち上げましたのも、既にお取引のあるお客様だけでなく、他の酒販店やレストランの方達、そして一般の消費者の方 ... 続きを読む

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