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2007-02-08

自分史そしてヴィナイオータ史 その4

1996年 秋-1997年 春 フィレンツェで同じ語学学校に通っていた日本人の女の子で、僕がローマ行きを決めた時に彼女は彼女でたまたまローマに仕事を見つけ、ルームシェアをすることに。一緒にアパート探しに出かけたがその日に収穫はなく、帰りの電車まで時間があったので前にも登場した酒屋の経営するワインバーに行く。
会計を済まし、僕がトイレから出てくると、おしゃべりなその彼女がワインバーのお姉さん(その酒屋の娘だった)と話してた。直訳するなら、”私、とっても疲れてるの。なぜかっていうと、今日いっぱい歩いたから。なぜ歩いたかっていうと、私たちローマにアパート探してんの。”といった感じで。そしたらそのお姉さん、”多分今うちのアパートがいくつか空いてると思うわ。今弟呼んであげるから見せてもらったら?”と。すぐに弟が降りてきてくれて、フィレンツェ行きの最終まで時間がなかったので駆け足で空いてた部屋を2つ見せてくれた。値段は決して安くなかったが、大家さんが親切そうで、テルミニ駅から5分弱、そして酒屋が下にあるという好立地に加え、面倒な書類等は一切必要ないということでフィレンツェに帰る電車の中で住むことに決める。

引越しした夜、大家さんがワインバーの2階で毎週やっているワイン会(この日はワインじゃなかったですが)に招待してくれた。その日はレミーマルタンの人が来てのセミナーだった。樽熟成8年くらいから30年位までを飲ませてくれた。その時初めて樽熟成させることでハードリカーの味わいも丸くなることを知った。
ソムリエ学校始まる。全然つまらない。ソムリエの学校っていう位だからもう少しプロ相手のコースかと思えば参加している人の大半は全くの素人。ちょうど日本のワインスクールのような感じなのでしょうか。目が悪いので一番前の席に座るのですが、いつも寝てました。色がどうの、透明度は・・・など、この当時からそんなこと言及してなんになるのかなって思ってました。試飲用に出てくるワインもひどかったし。ローマのソムリエ学校で良かったことといえば、様々な団体が企画する試飲会が多かったことでしょうか。Proseccoばかり50種類とか、ガンベロロッソのその年の3ビッキエーリ全種とか。まーよく飲みました。
さすが首都なだけあって酒屋のワインの品揃えも豊富で、この頃からAlto Adigeの白とかにも興味を持ち始めた。
ルームメイトの女の子が日本に帰って行った後、そのアパートを維持するためにルームメイトを募集する。ローマに研修に来てたイタリア人3人組、京都出身の訳あり国外逃避行女性など。

1997年 夏 初ピエモンテ。LaMorraのアグリトゥリズモに1週間くらい滞在。AldoConterno、BartoloMascarello、Scavino、Altare、Sandrone、Veglio、Bologna、EnzoBogliettiなどに行く。今考えてみると、泊まっていたところのまん前にAccomassoの家があった訳なんですけど全然気が付きませんでした。

1997年 秋 ようやくローマ荘固定メンバー現る。プロの水球チームで練習するために大学を休学してきたという変わり者。この時、うちに居候してたのが今をときめく門前仲町人情レストランのシェフ。毎晩ドンチャンやってました。
この頃からローマ荘は、料理やワインを勉強しに来た人々が集う場所となっていく。となるとワリカンすれば一人当たりの負担が小さくなるということで、さらに贅沢なワインを開けるようになっていく。その中で始まったお遊びが”ソムリエごっこ”。

日本から頻繁にイタリアに商品の仕入れをしに来る友達が漫画”ソムリエ”を持ってきてくれ、これが僕達の間で大ブーム、主人公のジョー佐竹ばりにブラインドで当てっこしようということになった。
参加者全員それぞれが1人でワインを1本買いに行き、他の人に出題するという形式だった。ソムリエごっこの初期のルールでは、自分の番の時(そのワインが何であるかを言い当てる時)に、物語中でジョー佐竹の使った台詞をどこまでさりげなく織り込まねばならなかった。それに対して他の人たちは、ワインのコメント(セパージュ、場所、ヴィンテージなど)に茶々を入れるだけでなく、”ああ、今のはソムリエ何巻のどこどこのシーンでジョーが言ったやつだろ、今の使い方良かったよね”とそっちにも寸評を入れたりして。
その後もテーマを決めて飲むか、誰かがその日のワインを全て準備して他の人たちはブラインドで飲むとかやっていたのは、今考えてみると非常に大事な経験となったと思います。名前(ブランド、名声)も値段も地方も葡萄品種も分からない、極限まで先入観を廃した状況で試すことは、ワインの本質を見極める上で最も有効な方法だと思います。
今でも機会をみては近所の酒屋の若Y君、イタリアでは僕の愛人(今のところ嘘です)として有名なY君同僚のGさん、うちのK、そしてうちの奥ちゃんがレギュラーメンバーで、さらにお客さんがいるならワインのグレードをあげるなどして続いています。Yくんは主にフランスを、僕がイタリア担当。最近は割合的に出題する側に回ることが多くなってしまったんですが、出す側も当てる側も非常に面白いので皆さんも是非。
ちなみに僕出題の時にダントツの正解率なのが、うちの奥ちゃん。純粋培養恐るべし。

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