予告通り、カンピ ディ フォンテレンツァを紹介させていただきます!!
いつも明るく元気いっぱいのフランチェスカと、シャイで口数も少ない マルゲリータの双子姉妹が営むワイナリーになります。ミラノ出身の2人ですが、彼女たちの両親がモンタルチーノ(正確にはサンタンジェロ イン コッレ)に別荘として購入した家が現在ワイナリーのあるフォンテレンツァで、幼いころから夏休みはこの家で過ごしてきました。街より田舎での生活に魅力を 感じていたマルゲリータは、農業を始める決意をし、1997年にフォンテレンツァに移り住み、まず手始めにオリーヴの栽培とオイルの生産を始めまして、3 年後にはフランチェスカも合流します。1999年にブドウを植え、ワイナリーとしての活動もスタートさせます。
以降レ・ボンチエの ジョヴァンナ モルガンティやマッサ ヴェッキアのファブリーツィオ ニコライーニなどと親交を深めることで、より自然なワイン造りを模索するようになります。特にレ ボンチエのジョヴァンナには最大級の敬意を払っているというか、 彼女たちにとってはアイドル的存在だったりします。女性のブドウ栽培家&醸造家(ワイナリーオーナーというよりも、こういう言い方が適切かと)と してジョヴァンナが切り開いた道、そして自然観や農業をする上での自然との関わりかた、醸造に関する哲学、その全てが彼女たち的に最も腑に落ちるものだっ たのだと思います。二十代で、情熱や想いの強さだけで始めたものの、全く経験の状態ない状態、まさに暗中模索だったわけで、そんな双子ちゃんに、自分たち が進むべき道を照らしてくれ、畑&セラーでの仕事に関して多くのアドヴァイスをくれたのが、ほかならぬジョヴァンナだったのかと。
彼女たちとの取引を開始することになった経緯も、なかなかに僕らしいです。
記憶を辿っていくと、彼女たちのワインを始めて飲んだのは2005年の秋、アルト アディジェのメラーノという町であったサロンでだったと思います。以降、サロンで見かける度に挨拶し、ワインを飲ませてもらうという時期が3年くらいあっ たのですが、2008年の秋にパルマ郊外の町であったサロンで、
「ヒサト、あなたにもう何年か飲んでもらっているけど、あたしたちのワインって、 まだあなた的には美味しくないのかしら?(←ヴィナイオータのラインナップに加わるべきレベルに達してないのか?という意味で言われたのかと)で、いつに なったら(そしてワインとしてどういうふうになったら、)買ってくれるの??」
などと、ちょっと拗ねた表情をしながら言われちゃうんですよ!!私生活では、このような女性からの積極的かつ極めて直接的なアプローチを、わたくし受けた事ございません!!!!(笑)
「勘弁してよ!!美味しくないだなんて思ってないよ!!!いろいろ事情ってもんが…。あー、もうわかった、やるよ!!だけどいきなりシリアスな本数買えないからね。」
(姉妹顔を見合わせて)「いえーい、やったぁ!!」
とまあこんな感じです(笑)。
当初から、普通に美味しかったと思ってはいたんです。ただ、彼女たちの若いワインしか飲んだことなく(そりゃそうですよね、ブドウも彼女たちもスタートし たばかりなわけですし)、素地がしっかりしているのは理解できても、いつ頃、どんな場所に着地するのかを想像する材料に欠けていた…それだけなのかと。
今 更気が付いたのですが、新規で取引を始めた造り手であっても、ワイナリーとしてのキャリア、歴史がある程度あれば、知り合ったばかりの段階でも、ボトリン グしてからある程度の年数(ほんの数年で十分なんです)を飲む機会があり、それが僕にもたらす情報量は計り知れないものがあるのかと。とはいえ、彼女たち の師匠の見定め自体が間違っていない時点で、彼女たちが醸すワインが明後日の方向に行っちゃうということも全く想像できませんでした。
そのサロンの後に、モンタルチーノに寄って、ワイナリー&畑を一通り見せてもらった後にワインを注文して取引がスタートします。
今現在は、ブルネッロ&ロッソ ディ モンタルチーノ以外に3種類のワインを造っています。
ビアンコスピーノ:ワイナリー南東部のモンテ アミアータというゾーンにオリーヴ畑を所有し、オイルも生産しているのですが、そのゾーンに購入した、樹齢70年を超えるマルヴァジーア、2種類のトレッビアーノ(ラヴァネーゼ、トスカーノ)から造られる白
ローザ ディ フォンテレンツァ:ブルネッロないしロッソ ディ モンタルチーノ用のブドウの凝縮度を上げるために、9月上旬ごろに間引き(?)したブドウで造るロゼワインで、彼女たちの夏用ワインとして生まれたそうです。
ペッ ティロッソ:樹齢の若い彼女たちの畑のサンジョヴェーゼとブルネッロのゾーン外に借りている畑のサンジョヴェーゼを混醸したもの。醸しの期間も極めて短く し、ステンレスタンクで醗酵熟成させたワイン。果実味豊かな軽い飲み心地のワインで、ティエリー ピュズラを始めとするフランスの自然派ワイン生産者とも親交の深い彼女たちならではのワインかと。
サンタ マリーアのマリーノ&ルイーザ夫妻とも本当に仲が良く、僕が訪ねた時は、必ず双子ちゃんたちもサンタ マリーアに来て、ルイーザのすんばらしい手料理での宴が催されます。
子供のいないマリーノ&ルイーザからしてみたら、娘的存在なのでしょうし、お互い造り手という立場から言えば、近隣では数少ない(笑)志を共にす る存在であり、ワイナリーを始めた時期も近いことから、農業、醸造にとどまらず、ワインを造って行く上で発生する様々なお役所仕事(提出しなければいけな い膨大な書類)などの問題や悩みを相談し合っているのだと思います。
(農業、醸造上の)フィロソフィ、価値観、自然観という造り手サイドの意識部分だけでなく、ゾーンは当然のことながら、畑の立地、ブドウの樹齢までも似通っているにも関わらず、フォンテレンツァとサンタ マリーアのワインは全く似ていない…。
マリーノとフランチェスカの会話から、その差異を生んだ大きな要因の1つかもしれないことに行き当たります。お互いが選んだ台木(アメリカ系の、フィロキ セラに耐性のあるもので、これにヨーロッパ系の品種を接ぎ木して苗として使う)について話していたのですが、マリーノが樹勢の強くならない(根の吸引力が 弱いもの、と言い換えられるかもしれません)ものを選んだのに対して、双子ちゃんはそこそこにパンチ力(吸引力)のある台木を選んだそうで…。同じヴィン テージの彼らのワインを飲み比べると、マリーノのほうが繊細(特にタンニンの質)で、双子ちゃんのはエネルギッシュ&タニック…、お互いが選んだ台木の特 徴がちゃんとワインにも反映されているではありませんか!
サンジョヴェーゼ1つとっても、何十(何百?)というクローンがあり、それぞ れ特徴がある(例えば、とあるクローンは多産だけど病気に弱かったり、反対に別のクローンは病害には耐性があるが少ししか実を生らせなかったり…)という 話は聞いていましたが、台木の特性もワインの個性に影響を与えるという事までは、思い至りませんでした。
力強い台木を使った双子ちゃん のブドウの樹も、樹自体の樹齢が古くなるにしたがって、自然と勢いも落ち着いてくるわけですから、これからもずっとパワフルなブドウができ続けるというわ けでもないわけですが、若くエネルギーに満ちた彼女たちが、台木にも自分たちと同レベルのエネルギーを求めたこと(もちろんその当時、信頼していた人から 勧められたのが、その台木だったのかもしれませんが…)には偶然以上の何かが存在していたのではないでしょうか?それはマリーノのケースも然り。
人生の折り返し地点を回ってから、ひょんなきっかけで(もしくは神の思し召しに従って)、そしてモンタルチーノでという事を考えたら、極めて少ない投資額 でワイン造りを始めたマリーノ&ルイーザと、二十代でワイン造りを生涯の仕事とすることを決め、その若さには釣り合わないレベルの投資をして始め た双子ちゃん。更に言うなら、もう10年はワインを造るかもしれないけど、20年は造り続けられないであろうマリーノ&ルイーザと、向こう30年 は必ずワインを造り続けるであろう双子ちゃん…。
自分が自信を持って造ったワインがDOCGの官能検査に落ちたのなら、「あっ、そう。 じゃあ、別に要らないや。」と言ってのけそうなマリーノに対して、生産本数もマリーノに比べて多い上に、ブルネッロという名前に依然強いブランド力がある アメリカや北欧への依存率が高い為、現段階(の生産本数+認知度+価格が生み出す状況下)ではブルネッロというカテゴリーを抜けるないし、ブルネッロの認 証を取れないという事態など考えられない双子ちゃん…。
実は、双子ちゃんのブルネッロ2009なのですが、何度も官能検査に落とされ、最終的にローマ(の関係省庁)の判断で、ようやくDOCGの認証をもらうという、まさに瀬戸際にまでところにまで追い詰められたことがありました。
ヴィンテージ、畑の立地や土壌、微気候、ブドウ品種、選ぶクローン、台木、樹齢に加えて、その時点での造り手自身のキャリア、年齢、考え、人間性、置かれ ている境遇、精神状態など、極めてパーソナルな、そして変化し続けているもの(これはブドウ樹、自然の側にも言える事ですが)も、そのワインの持つ絶対的 個性の確立に一役を買っているわけです。この、すべてを知ることが無理なくらいなまでに、圧倒的な数の要素要因を内包しているからこそ、僕たちはそんなワ イン(そしてヒト)に魅了されてしまうのではないでしょうか??う~ん、恋愛と一緒ですね(笑)。
左マルゲリータ、右フランチェスカ
ボトリングした瞬間に足の踏み場もなくなるセラー
ビアンコスピーノ用の畑
お茶目です