Jan 23, 2015

造り手紹介 ダニエーレ ピッチニン(2011.11筆)

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

3人目はダニエーレ ピッチニンです!!ピノ ネーロの畑にて。

もともと共同経営者の1人として、レストランのソムリエをやっていたのですが、2003年にアンジョリーノをはじめとする造り手たちのワインと出会い、それまでのワイン観を大きく覆されます。
比較的近所だということもあり、アンジョリーノと仲良くなり、とある日、畑やセラーでの仕事を手伝わせてくれないかとアンジョリーノにお願いをします。
ソムリエ君がちょっとワイン造りを知ったつもりになりたいんだろうと高をくくったアンジョリーノが安請け合いすると、ダニエーレはレストランが休みの日は毎回、そして朝6時にはアンジョリーノ家に現れ、終日畑仕事からセラー仕事までを手伝っていったそうです(僕の記憶が確かならば、彼らが親しくなったのは2003年冬頃だったと)。
そして2006年、レストランの権利を売却、自らワインを造る決心をします。
ここからが凄いのですが、ダニエーレ、何のアドヴァイスもアンジョリーノに請わずに事を決めてしまいます。師匠の本拠地、ガンベッラーラでやるという選択肢もあったはずですが、そうせずに自分の生まれ故郷(と言っても大して遠くないですけど)、サン ジョヴァンニ イラリオーネを選びます。
なぜか?自分の生まれ育った場所の土着品種の復興を願ってです!

1000年以上前からこのあたりで栽培されていたことが確認されているドゥレッラという白ブドウがあるのですが、残念なことに、年々栽培する人が減っています。このドゥレッラ、もともとはRabiosa(ラビオーザ、過激な、の意)と呼ばれていたそうで、名前通り、鋭い酸、強いタンニンが特徴の品種になります。ただでさえマイナーな上に、酸が恐ろしく強いこともあって、シャルドネなどの国際的な品種か、ガルガーネガのような土着でもメジャーな品種に植え替える人がほとんどで、未だに栽培している人の大半は、その酸を利用してスプマンテを生産していたりします。
本当に完熟したドゥレッラならば、絶対に偉大な白(スティル)を造れると信じて、ムーニにある家の近くを開墾してドゥレッラを植え、ムーニよりもさらに標高の高い(海抜500m)場所には、土壌、標高の高さ、気候などが合っていると考え、ピノ ネーロを植えます。
当然植えたばかりの畑からはブドウは生りませんので、1.6ヘクタールの樹齢約20年のシャルドネ、ドゥレッラ、カベルネ、メルローが植わる畑を別に借りまして、この畑から獲れるブドウで、ビアンコ&ロッソ デイ ムーニを造っています。
2009ヴィンテージまでは、アンジョリーノのセラーで醸造、ボトリングを行っていましたが、2010年ムーニにセラーが完成しました。

Exif_JPEG_PICTURE

チームアンジョリーノ:左からアンジョリーノとダニエーレ ポルティナーリ、ダニエーレにダヴィデ
2010年10月27日の写真です。この時、アンジョリーノは初めてダニエーレのセラーを訪れたそうです。

2006年に畑を開墾するにも何の相談もなかったことに気分を害していたアンジョリーノ、ピノネーロの畑に関して、
「大体もともとブドウ畑でさえなかったあんな辺鄙な場所に畑作るなんて・・・歴史的にブドウ畑じゃなかったってとこに理由があるとか考えなかったのかな?そんなとこをわざわざ開墾してまで・・・俺に相談してくれてたら、絶対にやめさせたね」とのこと。
いや、アンジョリーノ先生、だから相談しなかったんだとオータは思うんですけど・・・。

そしてダニエーレのピノ ネーロ2007が近くの2つ星のレストランで大絶賛されたという話を本人からではなく、他人から聞いて、
「あれも俺が今ボトリングしたほうがいいじゃない?って言ったものが褒められているわけで・・・なんで俺に一言もないんだろ?」

そしてさらにセラーに積極的に招待してくれなかったことにも少々気を悪くし、本(AndreaScansiという作者のil vino degli altriという本です。ちなみに2回ヴィナイオータも登場します!)の中でも、
「俺は与えるばっかりで、若い子達は俺から受け取るばっかり。うちのセラーでうちの樽を使って造ったワインなのに、いざボトリングされたら飲ませてもくれないし・・・。全然しゃべってくれないは、他の人づてで今彼らが何やってんのか聞く始末だし。なんでも、そのうちの1人はドゥレッラで(ナチュラルな)スパークリングを試しているって話だし・・・。」だそうです。

せ、先生、小さすぎます・・・。

自分のセラーを、急いで完成させて、アンジョリーノの元を離れたかった理由をこんな風に話していました。
「当たり前だけど、畑から近いからこっちの方が何かと便利だしね。アンジョリーノのセラーだと、やっぱり彼に甘えちゃうし、それはそれで居心地は良かったんだけどね。アンジョリーノからは本当に色々教わったけど、いくつかのことに関しては、俺は俺ですでにアイデアもあるし、それを試してみたいし・・・。自分のセラーで、すべて自分で決めて、すべて自分で責任取れるようなったことが何よりも嬉しいよ。いろいろ間違いを起こすことがあるかもしれないけど、その覚悟もできているし、それが絶対に今後の糧になると思ってるし。」

2007年ヴィンテージのビアンコ デイ ムーニは、微細な醗酵なかなかが終わらず、結局本来のリリースのタイミングより約1年遅くリリースさせることになりました。2年目の造り手が1年リリースを遅らすのがどれほど大変なことか!1年間丸まる収入がないんですよ!!そのワインをボトルから初めて飲んだ時、その美味しさ、ダニエーレの英断にどえらい感動したのを今でもよく覚えています。
同じセラーでは、通常通りのタイミングでボトリングしてしまって、トラブルが起こったアンジョリーノを横目にしながら・・・。(サッサイアの酸化防止剤無添加Ver.は還元し、添加Ver.は微発泡してしまいました)

チーム・アンジョリーノというくくりにはなると思いますが、師匠にさえ迎合しない強い信念をもってワイン造りをするダニエーレ、これくらいの気構えの持ち主のワインだからこそ、アンジョリーノのワインの良きライバルにまでこの短期間で上り詰めたのではないでしょうか?

余談ですが、彼のラベルには馬が描かれていますが、なぜかと聞いたところ、
1.馬が好き
2.友達から馬面だとよくからかわれた
3.見た目だけでなく、日本で言う所の猪突猛進をイタリアでは馬で例えるらしく、昔から”馬のようなやつ”だ的に言われてきた
からだそうです・・・。

頭が良くて、かっこよくて、さわやかで、思いやりもあって、美味い個性的なワインも造り、そして可愛いくて性格抜群の彼女がいて・・・同性的にはちょっと腹立たしい男でもあります(笑)。

OLYMPUS DIGITAL CAMERA

彼女、カミッラちゃんと
うーん、爽やか過ぎる・・・・・・・・・・

関連記事