Oct 17, 2014

造り手紹介 ヴォドピーヴェッツ その2-序章(2014.10)とその2、その3

ヴォドピーヴェッツ その1はこちら!
2011年のヴィナイオッティマーナを境に、日本のワインマーケット内での認識や立ち位置が劇的に変わった造り手は?と聞かれたら、迷わず“2014緑”11月来日のヴォドピーヴェッツと“2015赤”2月来日のラディコン(あ、書いちゃった!笑)と答えるでしょう。

オッティマーナ以前も、テロワール、ヴィンテージ、ブドウ品種、そして造り手自身の個性を強く反映した、“攻めた”造り手という認識が世間的にもあったと思うのですが、肝心のワインの味わいに対する認識が、“きっと凄いんだろうな…”的な、体でというよりも頭で理解を完結させてしまっている、つまり、それほど量を(←ここ大事です)飲まれることなく形成されてしまったものだったような気がするのです。

価格も決して安いわけではないので、おいそれと開けることなんてできないよ!と言われる方もいらっしゃるかもしれません。ですが、その価格での尻込み具合(笑)以上に飲まれていなかったとも思っています。

それに対して、今現在は彼らのワインがごくごく普通に、そこかしこでごくごく(笑)飲まれているのを実感できるんです。この”飲まれている感”は、”売れている感”とは全く別物だという事も念頭に置いてください。

なぜそうなったのか?
真相は僕にも分かりません(笑)。

ですが、僕自身に関してだけ言えば、ある程度の答えが出ています。

恥を忍んで告白しますが、誰よりもヴォドピーヴェッツ&ラディコンを信じていた僕でさえ、3-4年前はプライベートで開けることが月1-2回程度だったんです。それが今では、ことある毎に彼らのワインを開けて、ごくごく飲んでいますし、その頻度たるや他の造り手のワインを軽く凌駕していると思います。

なぜか?

理由1:家(つまり地下倉庫)にいっぱいあったから(笑)。
理由2:理屈抜き(←大事です)で美味しくて、ザクザク飲み進んで、飲み飽きしなくて、どんなお料理とも渡り合えるから。
理由3:ヴォドピーヴェッツもラディコンも複数ヴィンテージが長年に渡って在庫として存在していたため、定点観測がしやすい状況だった。繰り返し飲んでいくにつれ、凄いとは思うけど若干尊大で、取っ付きにくいキャラなのかと思っていた奴(ワイン)が、実際は案外気さくな奴だった、ないし時間が彼自身を成長させ、気さくになったか、もしくは長い時間を共に過ごすことで、こちら側の彼への理解・見識・認識が深まったとか…。知りに行けばいくほど、新たな発見があり、もっと新たな発見があるのでは?と思い、また開け…というメビウスの輪にはまり、それと同時に理由2にも行き当たり…。

何が言いたかったのかよく分からなくなってきましたが、色々な偶然必然がタイミング的に重なり、僕同様に理由3の罠にはまった(笑)人が続出し、現在のような状況になったのかなぁと。

ここ2年くらい、公私に渡って仲良くしていただいている竹鶴酒造の石川杜氏は、彼の考える“良い酒”を、“関係性を呼ぶもの”と定義しています。

食べ物を呼ぶ(食べたくなる)という事は、生きる糧を求めるという欲、つまり生きたいという欲する気持ちが湧くという事。

人を呼ぶというのは、一人では生きていけない、社会性を重んじる動物である人間が、他者との繋がりを欲し、共に生きていきたいと思う事。

飲んだら食べたくなり、食べたら飲みたくなる、とか、飲んだらなんだか人と話したくなる…そんな酒こそ理想なのではないか、それはある意味“美味しい”こと以上に大切なことなのでは?というのが石川さんのメッセージという事になると思います。

石川さんは、「極端な話、酒自体の味は不味くてもいい」とまで言い切り、僕は僕で、「ワイン(お酒)にとって最も大切なのは、クオリティではなく個性だ」などとうそぶいたりしていると、「え、ヴィナイオータのワイン(ないし石川さんが醸した竹鶴のお酒)は、関係は呼ぶかもしれないし、個性的かもしれないけど、美味しくないものもあるってことなの??」と曲解されるかたもいらっしゃるようですが、そういうことではありません(笑)。

望むらくは、“美味”という一時的な快楽だけでなく、僕たちの身体、精神、感性感覚に“+α”をもたらすものも備わっていてほしい。感心ではなく、心や身体が衝き動かされるようなもの(それを感動とか、本能に訴えかける、とか言うのかと…)が宿っているモノであってほしい。

これはお酒に限らず、食べ物であれ、音楽であれ、なんであれ、僕たちが大切にしている事なんだと思います。こういった次元の話の中に、“クオリティの善し悪し”という観念があまりフィットしない気がするのです。

どんな世界でも、”偉大なもの”は常に尊大だったり、難解であると思われているような気がするのですが、果たしてそうなのでしょうか?

”偉ぶらない偉大”も存在するのではないでしょうか??

ワインは読み物ではなく飲み物であるという自明の事、ワイン(お酒)を頭だけではなく身体全体で感じながら飲める人が増えてきたことが、今現在のヴォドピーヴェッツ&ラディコンのワインの爆発的な飲まれ方に繋がっているような気がします。

ヴォドピーヴェッツの紹介文を書くつもりが、思いっきり脱線してしまいました(笑)。
ですので、本記事は序章とさせていただきまして、次回記事が、その2となります!!

あ、石川さんと竹鶴のお酒に関しても、お話ししたいことがてんこ盛りですので、また後日書こうと思います!!!

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本文とは全く関係ありませんが、2013年春訪問時の昼食

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2014年春訪問時の朝食(!)自分で採って、その採れたてを食す贅沢と言ったら!!!!
野生のアスパラとパオロのヴィトフスカ、悶絶級です!!!!

<造り手紹介 ヴォドピーヴェッツ その2>

3年前に書いたヴォドピーヴェッツその1、何度か読み返してみたのですが、”みなさ~ん!こんな凄い奴のワインをスルーしていて、本当にいいんですか?歴史に証人になれるんですよ!!”というメッセージが端々ににじみ出た、悲痛&熱苦しい文章ですね、我ながら(笑)。

今現在の日本でのパオロのワインの愛されっぷり、飲まれっぷりは、3年前の僕には全く予想できないものでした。根が理系なオータ、なにげにデータ収集好きでして、過去3年の輸入本数と販売本数を調べてみました。

輸入本数    販売本数
2012年  1000      1800
2013年  3000      3400
2014年  6000      5800(10月18日現在)
買っている本数よりも売れている本数の方が多いという事は、年々会社の在庫本数が減っているということを意味し…すごおおおおおおい!!!
土地、ブドウ、そして造り手自身のいずれにも、もともとブランド力が全くなかったワインが、日本に入ってきてから12年という歳月を経て、彼のワイナリー の規模からしたら十分すぎるくらいの認知度を獲得したわけで、それはひとえにワインという液体の中にある“何か”が多くの人の心を鷲掴みにしたという事な のかと。
もう1つ興味深いデータがあります。この3年の間に輸入した計1万本ワインのうち、3000本が03、04、05年のいわゆるバック ヴィンテージものだったのです。僕が思うに、これらのワインが、数年間のボトル内での雌伏期間を経て見せた、美しく変貌&進化を遂げた姿と、この 3年の間に最新ヴィンテージとして届いた07&09のワインが、“すぐ美味しいぃ、凄く美味しいぃ~!!”かった事、その2方向からの波状攻撃が 日本での今のような認知のされ方の決定打になったのではと考えています。

03当時も全くブレていなかったですし、その時点の彼のベスト を叩いていたと思うのですが、07以降の彼のワインは、テラコッタの壷で仕込んだとか、長期間のマセレーションを施したワインであるとか、そんなことがど うでも良くなるくらいの普遍性を持ち合わせています。ワイン界の保守層(白で言うなら、ブルゴーニュこそ…というような方達…あ、もちろん他意はございま せん!)に飲まれたとしても、批判に晒されることはまずないのではないでしょうか。
明快なのに複雑な味わい、圧倒的な飲み心地、そして長い余韻、どんな食べ物とも渡り合い、飲めば箸が進み、箸が進めば杯も進む…おおおお、石川杜氏が理想とする、良い酒のあるべき姿そのまんまじゃないですか!!!!
実際石川杜氏が、“この人はきっと自分と同じようなもの事を考えて、酒を醸しているに違いない!”と初めて思えたのが、パオロのワインを飲んだ時だったそうです。

ただこんな話の陰にも、それなりに大変なストーリーもあったりするのが人生の常、そもそもなぜバックヴィンテージが出てきたのでしょう?
3年のあいだに3回オファーがあったのですが、理由は様々でした。
1回目は、新しいヴィンテージリリースさせた時に(マーケット的に)日陰に行ってしまった、つまり売れ残りをどうにかしてほしいというもの。
2回目は、個人的に取って置いた分を少し出そうかと思うのだけど、ヒサト要る?的な。
3回目は、アメリカのインポーターが3年もあいだ取り置きを依頼していた揚句に、全量キャンセルという暴挙に出たため。
リリースさせたワインが1年で売り切れないという事は、供給量に対して需要量が少ないという事に他ならず、つまり世界的に見たら、パオロのワインが完全に は認知普及していないということを意味し、アメリカのインポーターがドタキャンした理由も、“いいと思って買ってみたものの、販売に四苦八苦、何年か頑 張ってみても一向に好転しないから、撤退せざるを得なかった”という事なのだと思います。ビジネスの世界では、普通といえば普通の事なのでしょうが、彼の ような小規模な造り手は、農作業から販売までの全ての仕事を自分で行わねばならないわけですし、自然相手の仕事がメインですから、すでにあまりにも沢山の 不確定要素を抱えているわけで、できる事なら販売面での杞憂みたいなものは感じさせずに生活してもらいたいと思うと、じゃあ僕がすべき事といったら…明ら かですよね?

先に書いた、“今年はすでに6000本近く売れてます!”云々の話も、別に自慢したかったわけではなく、バックヴィンテージを彼のセラーから駆逐した現時点でようやくスタートラインに立てたんです!という事が言いたかったんです。
そしてアメリカのインポーターのような無責任な事は絶対にしないという宣言みたいなものだとご理解ください(笑)。
とはいえ、第3者的な立場に立って見ると、日本でパオロのワインに起きている現象は、本当に前代未聞レベルなんだと思ったりもします。
僕は、世の中で非常識と思われていることの49%くらいが“道徳や倫理に反する事”で、残りの51%くらいは“前例がない”ことなのではと考えています。
後に文化伝統となる事柄にも、非常識と思われていた時代があったのではないでしょうか??
情報を伝播させる術がほとんどなかった時代に、ゴッホのような不遇のアーティストがたくさんいた事は致し方がないとして、情報の量、伝播のスピードともに 恐ろしいことになっている現代社会で第2第3のゴッホを生み出してしまったとしたら、何のためのグローバリゼーションなのかと聞きたくもなるってなもんで す。
その1の 最後で書いたように、パオロが彼の土地で前例のないものを造り上げようとしているのと同様に、ヴィナイオータも日本という土地で、より多くの人の共感を得 ながら、前例のないものをどんどん積み上げて行って、それが遠い将来の“常識”となる足掛かりくらいは造りたいと思っております!!!

あ、ヴォドピーヴェッツの話じゃなくて、ヴィナイオータの話になってる(笑)。
では、本題はその3で!ということで(爆)!!!!

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相変わらず本文とは全く関係ありませんが、パオロにご馳走になったジョージアのルカツィテリ61年!

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カルソは、土地が痩せていて厳しい環境だからなのか、ポルチーニも香りが凄い!

 

<造り手紹介 ヴォドピーヴェッツ その3>

先を急がなければいけないのですが、何かを込めずにはいられないオータです(笑)。

今回はちゃんとパオロのワインの話、書きます!!
バックヴィンテージワインがが出てくることになった、パオロ側の事情を07&08&09ワインのお話しとともにさせていただきます。

2007年はいろいろな意味で特殊な年でした。正確に言うと、その特殊さは06から始まっていて、1年を通してとても暑く、秋も冬も存在しないかのような 年でした。パオロ曰く、霜が1回も降りなかったそうで、過去に同様の経験をしたことがないそう。その結果、ブドウ樹の活動も3週間くらい早まって始まりま す。
そして7月の初めに雹が降り甚大な被害を受けます。パオロと弟のヴァルテルとで、全てのブドウの房をチェックし、雹の当たったブドウを一粒 一粒(!!)取り除き始め、全ての区画の掃除が終わったのが8月10日ごろ、その時にはシーズン当初のマージンのまま、ブドウの成熟具合もかなり進んでい て、例年より3週間ほど早い状態でした。すると、8月下旬に雹がまたしても降ってきまして…この時点で、ブドウは完熟していたので、ブドウの掃除をしなが ら、健全なブドウだけを収穫することにします。
例年の半分以下の収量でしたので、全量をアンフォラで仕込むことにします。生産本数で6000本。加えて2008年は、その1に書いたように全量を廃棄処分に…。

07が例年の半分以下の生産量で、08はゼロ。そして09を例年よりも若干遅いタイミングでリリースすることになってしまったので、結果2年以上もの間を07の売り上げだけで生活しなければいけなかったのかと。
それではどうにもならなかったから、バックヴィンテージのオファーを僕に持ちかけてきて、個人分も切り売りする必要に迫られた…この3年間のパオロ側の事情はこんなところだったのではないでしょうか。

諦めずに、常に真剣にやっていたら、いいことがあるのも世の常。09のワイン3種がまさにそれにあたると思います。これだけは断言させていただきますが、 傑作です!!近年のパオロが思い描いているワイン像が、天から賜ったすんばらしい絵具(09のブドウ)の力も借りて、強烈な色彩と共に具現化したような作 品です。今までクラッシカという名前でリリースされていたワインは、オリージネ(起源、発端、始まりの意)という名前に、一方アンフォラで仕込んだヴィト フスカは、シンプルにヴィトフスカと呼ぶことになりまして、ラベルもエッセンシャルなものを愛するパオロらしいミニマリズム的なものとなりました。

パオロが所有する区画の中の1つに、15-20cmの薄い表土の下が思いっきりTheカルソとでもいうべき、石灰岩の岩盤だったところを削岩機のようなも ので砕き、表土を戻して畑とした狂気の沙汰ともいえる区画があります。2006年だったでしょうか、04のその区画のワインを飲んだ僕とフランク コーネリッセンは、そのあまりの深い味わいに悶絶、結局パオロは他の区画のワインとブレンドせずにボトリングをし、ソーロという名前でリリースします。単 一畑という事でソーロ(唯一の)であり、ボトリングを行った2007年に弟ヴァルテルがワイナリーから抜け、パオロ一人になったという事でソーロ(ひとり の、孤立した、孤独な…)…。05以降、造られることのなかったこのソーロ、09でようやく復活です!!!

自分のワインにも人のワインにも厳しい、レ ボンチエのジョヴァンナが、去年こんなことを言ってました。
「(ヴェ ローナでのサロンの期間中)1日かけてソーロ09を飲んでいたんだけど、もう完璧としか言えないワインで…。同じワインの造り手として、ああいったワイン をこんな短期間で具現化するために、パオロがしてきたであろう気の遠くなるような数の挑戦、失敗、努力、観察すること、考える事、思い悩みを想像したら、 ちょっと泣けてきちゃったわ。だけど彼、あの若さであんなとこにまで辿り着いちゃって、これからどこに行きたいのかしら??ちょっと空恐ろしいくらい よ。」

このソーロ、生産量の約半分(1700本!)を買ったのですが、値段的にも決して安くないワインにもかかわらず、入荷とほぼ同時 に売り切れてしまいました!!!!お持ちの方、今飲んでももちろん美味しいですが、是非何本かを5~10年くらい寝かせてみてください。世界があなたのワ インセラーに嫉妬する事でしょう!!(笑)

09は3種類のワインを合わせると15000本の生産量で、現時点でも4500本ほど買ってはいますが、ヴィナイオータは現地在庫(オリージネがあるようです)が無くなるまで買い続けますよぉ!!!

来年日本に入荷するであろう2010年ですが、ヴィトフスカ(アンフォラ)のみの生産で、13000本。
造り手の畑&セラーでのリスクの冒し方とシンクロさせた買い方(笑)を目標とするヴィナイオータとしましては、半分くらいは行っちゃいたいと考えております!!!
間違いなく、3種類のワインを2000本ずつ売る事よりも遥かに難しいミッションだと思いますが、皆さんにもご協力いただいてなんとか実現させ、パオロに、少なくとも日本では正当な評価を受けていると思わせてあげたいです!!

今回のオッティマーナでは、07と09のワインを出す予定です!!!

う~ん、やっぱりまとまりのない文章になっちゃいましたね(苦笑)。

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ニューラベル!左からオリージネ、ヴィトフスカ(アンフォラ)、ソーロ(アンフォラ)

 

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