Feb 3, 2015

造り手紹介 ラ・ビアンカーラ その1(2011.10筆)

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ヴィナイオータにとってはあまりにも重要な造り手、ラ ビアンカーラのアンジョリーノ マウレ。
ヴィナイオータを始めて2年目からの取り扱いですので、もうかれこれ12年の付き合いになります。
彼の奥さん、ローザマリーアはいつも、「私達(ラ ビアンカーラとヴィナイオータ)は一緒に(同時期にという意味と、持ちつ持たれつの関係で、という意味も含めて)成長してきたのよ」と言ってくれるのですが実際、彼のワインがどんどん飲み心地と個性を備えるようになり、その結果として、ワイナリーとして世間の認知度が高まっていくのと同期するように、僕自身ワインに関していろいろ腑に落ちること、目から鱗が落ちることが多々あり、現在のワイン観が形成され、それと同時にヴィナイオータも進むべき道を見つけ、そして徐々に皆さんにも認知していただけるようになり(12年前から比べれば、ワインも売れるようになりました・・・涙)、そして現在へと至るわけで・・・。

アンジョリーノが畑&セラーでドラスティックに進めてきた改変の連続の歴史は、1人の造り手から見ることは先ずもって不可能なくらいの情報量で、それを見聞きしてこられた事は確実に今の僕の糧となっています。

ではなぜそこまでドラスティックなのか?
彼の生い立ちや性格が大きく影響しているような気がします。

アンジョリーノ マウレは、ワイン生産の盛んな、ヴェネト州のガンベッラーラ(ソーアヴェの隣の生産地域です!)で生まれ育ちました。マウレ家は、ガンベッラーラという土地にありながら、ブドウ&ワイン生産に携わらない家庭だったのですが、アンジョリーノは若い頃から自らワインを造るということに憧れを抱いていたようです。
若い頃働いていた工場で、奥さんのローザマリーアと知り合い、結婚し、ワイナリー創設の夢を果たすべく、2人でピッツェリアを始めます。お店は大繁盛、80年代前半から畑を買い家を建て始め、1988年がラ ビアンカーラとしてボトリングした最初の年になります。
発足当初は畑でもセラーでもコンサルタントを雇っていたが、どうにもアンジョリーノは彼らのやり方が気に入らない。ブドウそのものに、大地、テロワール、ヴィンテージやブドウ品種そのものの個性を封じ込めたものをなすがままに醸したものこそがワインだと考えていたアンジョリーノに、やれあれ使え、これ入れろということばかり・・・早々に彼らとの契約を解除、全てを自らの決断で行うことにします。
とはいえ、具体的にどうすれば良いのか皆目見当もつかない・・・いろいろ思い悩んでいた時に、ヴィチェンツァの酒屋(ワインバー?)で何気なく選んで、開けたワインに衝撃を受けることになります。
ミステリアスで、唯一無二の個性を放ち、惹きつけてやまないワイン・・・それはヨスコ グラヴナーのリボッラ ジャッラでした。
以降暇を見つけては、グナヴナーの住むフリウリはオスラーヴィアまで通うようになります。
そこには、エディ カンテ、ラディコン、ラ・カステッラーダのベンサ兄弟、ダーリオ プリンチッチ、ヴァルテル ムレチニックなどが集い、毎回のように激論を交わし、刺激しあいながら、お互いがより自然な造りのワインを目指すようになっていきます。90-97年頃が皆が最も足繁くグラヴナーのところに通ったそうですが、その後意見の相違から、グラヴナーのところに集まることはなくなったようですが、アンジョリーノ、ラディコン、ラ・カステッラーダ、ダーリオプリンチッチとムレチニックの交友は続き、ヴィニータリーでも共同でブースを借りるようになります。この集まりが、いま現在ではいくつか存在する、イタリアのヴァン ナチュール(自然派ワイン)のグループの出発点といえると思います。
自分が中心となって作ったグループを、意見の相違から2005年に脱退、2006年にヴィン ナトゥールという別のグループを結成・・・。
実際の仕事の上でも、まー色々やってきてます。項目ごとに列挙しますと、

畑:完全無施肥から、ビオディナミに切り替え、今はEM菌も試し、ブドウ樹に対する栄養供給の目的ではなく、地力回復、微生物叢のバランスを整えるために自家製の純植物性の完熟堆肥を、地力が弱いと判断した区画にのみ施肥

農薬:当初から除草剤などの農薬は使わずに、ボルドー液(ブドウ栽培において、様々な有機農法の認証団体が唯一使用を許可している農薬)のみを使用していたが、ビオディナミ調剤を試したり、EM、様々なハーブなどから作る煎じ薬を撒いたりと、ボルドー液さえも排除した農業を目指している。
余談ですが、彼の住む地域はイタリア最大の平野部、パダーナ平野に面しているため湿気も多く、ボルドー液を撒く回数少なくすることは極めて危険なことで、近隣の農家に比べたら、もともと撒いているうちにも入らない程度しか撒いてないにも関わらず、排除したいのだそうです・・・。凄いでしょ?

醗酵方法:当初はプレスして出てきたモスト(ジュース)だけを使用して、いわゆる白ワイン的な造り方をしてきたが、グラヴナーやラディコンらと共に皮ごとのアルコール醗酵を試し始めるが、長期間のマセレーションには疑問を持つようになり、つい最近まで醗酵の初期段階のみ(1‐2日)をマセレーションするのみだったが、今年はサッサイアの一部で長い期間のマセレーションに再挑戦!

酸化防止剤に関して:当初から少量しか使用していなかったが、サッサイア2002の一部を完全無添加でボトリングを始めたのを機に、いまやサッサイアは半量を無添加でボトリング。マシエリにも無添加を試し、ピーコや赤ワインなどもヴィンテージによっては完全無添加でボトリング。目標は全ワイン完全無添加。

とある時、ある人のことを褒めていたと思ったら、次の機会に会った時にはその人のことを全否定していたり、自分と同じレベルで問題意識や知ることへの渇望を持っていない人に対しても辛辣で、全く持って歯に衣着せないの発言したり・・・(それをそんな話をしなくてもいい、全く利害関係のない人にしたりします・・・涙)。
その反面、過去の自己さえも否定することも厭わず、常に知ろうとすることに対して貪欲で、興味を持ったら即実行に移し、自分の買っている人のためならどこまででも骨を折り、”伝える”ということに対してどの造り手よりも情熱を持ち、その結果、彼の周りには若い新しい造り手が数々誕生し、僕は僕で伝えるということの大切さを彼から感じさせられ・・・。
アンジョリーノの欠点は、アンジョリーノの長所でもある・・・、面白くないですか?

彼が行うドラスティックな改変とは別のところで、なにかしらワインにも毎年ドラスティックな変化だったりトラブルが起こり、そのトラブルを検証し、それを改善・解消するために新しい改変を畑ないしセラーに持ち込む・・・。
それはまるで止まったら窒息して死んでしまうマグロのようではありませんか!
彼も彼のワインも安住(安定)するのを好しとしないかのように!!

彼の自己矛盾(笑)を象徴する面白いエピソードが1つ。
造り手たちと、”自然”、”自然なワイン”、”より自然なワイン”などに関して禅問答をするのですが、

僕「時々というか、よく反自然と言える位の暴力的な力を発揮しちゃうヒトだけど、食物連鎖の一角を担っていることからも明らかなように、ヒトも自然の一部といえるわけで、だからヒトが造るワインにも”自然”てあるんだと思う。でもって、”できるだけ~しない”っていう考え方で、”より自然に”造られたワインが、personalized (私的、個性的な)になるって事は、”しない”も実は”する”(主体的に関わる)ってことなわけで・・・だから、ワインって自然なものを追い求めていたとしても、結局ヒトが大事なんじゃないのかな。」

アンジョリーノ「いや、究極の自然なワインは、ブドウやヴィンテージの個性、テロワールがワインに付与するミネラルがいきなりダイレクトにドーンと押し寄せる、ヒトがそれらの後ろに完全に回り込んでしまったようなものなんだと思うんだ。」

僕「んな事言ったってアンジョリーノ、それを実現するもしないもヒト次第でしょうが。畑でもセラーでもヒトが関与することで始めてワインは生まれるんだから。そもそもアンジョリーノが思う個性ってものを”あるがまま表現”するってことだって、人それぞれでその解釈、手法が違って当然じゃない?」

アンジョリーノ「いや、そりゃそうかもしれないけど、テロワール、ブドウ、ヴィンテージが大きく描かれていて、ヒトは端っこの方に、いるかいないか判らない位の大きさに描かれている絵のようなワインが・・・」

僕「絵の話で言うなら、もしも目の前の見たままを描きこんだものが最も自然って言うのなら、写真が最も個性を捉えてるってことになるよね。俺自身は、手法としてデフォルメを採用した抽象的な絵にも自然を見出すことはできると思うんだよね、それが実際の形や色と違ってたとしても。アートって、そうやって発展してったんでしょ?で、100歩譲って、写真が最も自然な自然の表現方法だとしても、写り込んでいるものの大小や写っている位置などに関係なく、ピントをどこに合わせるかっていうヒトの作為は相変わらずあるわけだし・・・」

アンジョリーノ、結局最後まで納得してくれませんでした(笑)。

自分の性格の表裏一体さ加減、自然にこだわりすぎる不自然さ・・・無知の知とも通じそうなメビウスの輪の中で常に禅問答しているアンジョリーノ。彼のワインには、彼的には残念なことに、そして僕的には大変嬉しいことに、テロワール&ブドウ&ヴィンテージがもたらしたであろうもの以外の”何か”が常に宿っていて、それは多分にそのヴィンテージ当時の”アンジョリーノの考えとアンジョリーノ家の状況など”によってもたらされているような気が僕にはするのです。

このブログで良く登場いただく、僕が敬愛してやまないピアニストの上原ひろみちゃん、実はアンジョリーノも大ファンで、コンサートにも3-4回行っているのではないでしょうか。テクニックも当然凄いのですが、彼女自身を唯一の存在たらしめているのは、彼女の魂(気合)の部分であることはアンジョリーノも大いに認めていて・・・あれ?ピアノをワインに変えたら・・・もしかして今度こそ分かってもらえるでしょうか??

最近は意見的には対立することが多いですが、やはり彼は僕の先生なのです!!

アンジョリーノの次男、アレッサンドロ。高校も農業学校を出て、学生だったときから積極的にワイナリーの仕事に関わっています。見た目も温和ですが、中身もまさに草食系男子。4兄弟の中で唯一、母親似の気性と言えるかと、残り3人は親父に似て・・・(笑)。

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