ヴィナイオッティマーナ 2024 Vol.2【造り手セミナー】 マッサ ヴェッキア
P3_DAY2 11月25日
造り手:Vasco Sfondrini (ヴァスコ スフォンドリーニ)
通訳:太田 久人
担当:石橋 悠三
①造り手紹介 (00:00~)
ヴィナイオッティマーナ2024 P3 DAY2に行われたセミナーの様子です。来日したのはトスカーナ州マッサ マリッティマのマッサ ヴェッキアより、当主ファブリーツィオの長男ヴァスコ。ヴィナイオータを代表する造り手の一軒でありながら、ファブリーツィオは飛行機に乗れないので今までマッサ ヴェッキアは造り手として来日したことがなかったのですが、今回ヴァスコが来てくれたことで来日が実現しました。
マッサ ヴェッキアとヴィナイオータが取引を開始したのは2001年から。それから20年以上日本に来たことがないうえ、場面場面でドラスティックな変遷をしてきた彼らなので、細かい説明を一つ一つしていたらそれだけでセミナーが終わってしまうと考えました。他のセミナーとは形式を少し変えて、ヴァスコからワイナリーの変遷を聞き出す形で進行しました。
②造り手への質問と回答
Q1.ヴァスコさんがマッサ ヴェッキアで担当している仕事と、ファミリーの普段の生活について教えてください。(01:50~)
A1.自分の仕事はいわゆる事務方といわれるような業務の全般です。その部分に関しては自分が1人で担当しています。
当主のファブリーツィオは非常にコンピューターとの相性が悪く、触ったら壊すような人なので(笑)、ファブリーツィオ自身もそこから遠ざかろうとしていますし、私たちも紙仕事事務仕事から彼を遠ざけたいと思っています。ということで、例えば顧客とのメールのやり取りや、ワインのアロケーション、取引にまつわる書類の発行や出荷の手配などに関しては自分が担当しています。
私たちは4人姉弟なのですが、末娘のトスカがファブリーツィオから教わる形でセラー仕事を2人でやっています。ただ、ワインの仕込みやセラーでの仕事というのは毎日あるわけではないので、剪定など畑での手仕事についてもトスカが担当していて、いま自分は収穫のときなど全員総動員してやらなければならないときだけ畑に出るという形です。そして、トスカの主人のトニーノもいまはマッサヴェッキアの一員として働いてくれていて、トラクターなど畑まわりの機械作業はトニーノが全般を担当してくれています。2年前からはジャンルーカという若者もマッサヴェッキアで働いていて、彼がすごくできる男でトスカやトニーノと一緒に農作業全般をやってくれています。
じゃあファブリーツィオは何をしているかというと、ファブリーツィオはアイア ヴェッキアという彼が住んでいる標高の高い場所にも畑を持っていて、その部分は農作業からセラー仕事まですべて彼自身がやっていて、アイア ヴェッキアには私たちは一切関わっていません。アイア ヴェッキアでやらないといけないことが多いということもあって、マッサ ヴェッキアにおいてのファブリーツィオのメインの仕事は醸造回りとアイデア出しというところになると思います。
ファブリーツィオは、1000個ぐらいのアイデアが常に頭の中に渦巻いてる人間で、とある日僕たちのところに来て「いやヴァスコ、昨日の晩寝ずに考えたんだけど、こういう風にしたらいいんじゃないかなと思うんだけどお前はどう思う」とか、そんな話ばっかりいつもされるんです。本当に寝ないで考えてしまうときがあるらしくて、こちらの受け入れ態勢が整っていない状態でそれをいきなりバーンといつもぶつけられてしまう感じなんですね。ただ恐らく、僕たちが惹きつけられるその原動力というのは、ファブリーツィオの常に思考を止めず「こういうことをしたら面白いんじゃないかとか、こういうことしたら葡萄にとってなにかいいことができるんじゃないか」というようなアイデアが止まらないところが恐らくマッサヴェッキアの魅力を作っているのだと思っています。なので、アイデア出しというか無茶振りがファブリーツィオのマッサ ヴェッキアにおける仕事なのです。
姉のフランチェスカがワイナリーを担当していたとき(2009~2018)に比べると、ファブリーツィオはマッサ ヴェッキアの仕事全般を見るようになっています。フランチェスカがワイナリーをやっていた頃は、アイア ヴェッキアという彼が自給自足の生活をしている場所でチンタセネーゼ豚を飼ったり牛も2頭飼ってたりして、朝と夕方搾乳して、そのお乳で母のパトリーツィアがチーズを造っていて。チーズといっても乳酸菌を一切添加せず自然界にいる乳酸菌を取り込んで牛乳がヨーグルト化したようなものをベースに使う超ナチュラルなチーズを造っていてそれが本当に美味しかったんですけど、いまはマッサ ヴェッキアでの仕事の量が分厚くなってしまったので、やめてしまいました。豚も手放して、牛1頭だけをチーズ造りではなく自分達がいただく程度の牛乳を得るために飼っているという感じです。以前はほぼ自給自足というような生活をしていたのですが、いまはそういった兼ね合いもあり、自給自足感は以前より減った形になっています。
先にした常に1000個ぐらいアイデアがあるという話に戻るのですが、ファブリーツィオは自分やトスカに対して、常に疑問のようなものをぶつけてくれるんです。「いやあ、もう俺もそろそろ引退したいし」というようなことをいうのですが、それは自分が引退するためにはお前たちがこういうことを出来るようにならないといけないよね、というところをアイデアや質問をぶつける形で私たちに伝えるようにしているんだと思います。
ただ、先ほどからお話している通りファブリーツィオは常に思考を止めない、常に1000個ぐらいの疑問やアイデアを持っている人間なので引退はなかなか出来ないんじゃないかと思います(笑)。
Q2.ブドウ以外に様々な植物を育てたり、家畜を飼ったりしているのは何故ですか?(15:48~)
A2.前の質問でも触れたのですが、少し前にはチンタセネーゼ(豚)を飼って、ハムやサラミを作っていましたし、牛を飼ってその乳でチーズも作っていましたが、先ほど話した通りマッサ ヴェッキアでの仕事量が増えてきてやりきれなくなってきたこともあり、一時休止しているような状況です。
ただ、ブドウ以外にオリーヴも育てていますし、野菜も自分たちで食べるためのものは作っていて、トマトは水煮にして瓶詰して保存食としています。また、古い品種の果樹を色々集めて植えている場所があるのですが、自分たちが食べる分はそこで獲れるもので十分補うことができます。
ブドウやワインだけ造るのではなく、農民として、色々な作物を少しずつ作って自給自足するのが本来のライフスタイルだと考えているので、全てでないにしても半分以上は自給自足のような生活をして、そういう農民生活を現代に復活させることをファブリーツィオとパトリーツィアは人生のテーマに掲げたのだと思います。
ファブリーツィオとパトリーツィアが住んでいるアイア ヴェッキアには水道が通っていないのですが、雨水を溜めてそれを浄水したものを生活用水としています。電気もソーラーパネルなどで自家発電したもので賄っているので、自家調達できてはいますが、テクノロジーの恩恵に預かっている部分もあります。
自給自足というテーマということでもうひとついうと、マッサ マリッティマという場所自体が、ありがたいことに大企業が大きな工場を構えてそこに雇用を産む、ということをしてこなかった場所です。なので、良い意味で昔ながらの側面が残っている場所であるともいえます。例えば、農業にあまり携わっていない家族でも庭にはちょっとした大きさのオリーヴ畑を持っていたりして、収穫したオリーヴを近くの精油所に持っていって挽いてもらったオイルを自家用に使っていたりします。
元々、オリーヴオイルは決して安くありませんが、イタリア人、特にトスカーナの人にとってオリーヴオイルというのは本当に大切な食べ物のひとつなので、自家用ぐらいの面積であれば田舎なので土地代もかからないし、剪定と収穫のとき以外は世話があまり必要ない植物なので、オイルを他所で買うぐらいなら皆自分のところで作る、という風習が残っている場所です。そして当然、自分たちのように農業を生業にしている人たちはもっと大きいサイズ感でオリーヴを植えているので、自家用の余剰分は販売しています。
オリーヴオイルはもともと高価ではありましたが、ここ最近、より貴重なものと認識されるようになり、価格がどんどん上がっています。経済の世界で乱高下があっても、自分たちで食べるものを作っている限り、極端な話戦争が起こって物価が倍になっても、他から買わなくても自分たちで作ったものだけで生きていけるわけですから、そういうものに振り回されないという側面でも、自給自足というところを追求していっているのだと思います。
Q3.ワインが個性的かつ、とても親しみやすい味わいなのはなにか秘訣があるのでしょうか?(25:08~)
A3.難しい質問ですね(笑)。ご存じの方もいると思いますが、ファブリーツィオはなんというか天然なんですが、同時に謙虚で慎ましやかな人で、自分(ヴァスコ)からすると圧倒的な知識と知恵を持ち合わせている人です。例えばワインを造るときに酸化防止剤を入れない、ということにもちゃんと彼なりのアプローチがあって、科学的な視点で“やらない”理由をちゃんと持ち合わせていて、こうこうこうやれば大丈夫、という確信の元で酸化防止剤を加えないわけです。適当に“俺は入れないぜ!”という風にやっているわけではなく、そこにファンキーさみたいなものは一切ないんです。
ファブリーツィオは、確信をもって“やらない”ことを選ぶ人です。ただ、それだけ知識や経験を持ち合わせているにも関わらず、年をとればとるほど、どんどん不確かなことを言い始めている。やればやるほどわからなくなっているんだと思います。つまり、自分のことを常に疑っている人なんです。そんな慎ましやかで自分のことを常に疑っているような人なので、自分を大きく見せるとか尊大な振る舞い(※)をするというのが、彼の考えからは生まれ得ないものなのです。なので、ファブリーツィオがそういう(尊大ぶらない)人というのが、親しみやすいということの一番の理由としか言いようがないと思います。
※(注釈)「親しみやすい」という言葉がヴァスコに伝わりづらかったようで、「“偉大”とされるワインって、なんかこう『俺は重要な感じだぜ』っていうところあるでしょ?」という話をオータがしたところ、「ああ、それはもうファブリーツィオがそういう人間じゃない、ってところに尽きるよね。」というやり取りがありました。
また、土地の個性というかモンタルチーノなどの内陸と比べると、マッサ マリッティマはより海に近く暖かい気候でフルーツ(果実味)も持ちやすいので、ちょっと明るめのワインになりやすい、というのはあると思いますが、飲み手が感じている「親しみやすさ」というのは、ファブリーツィオ本人の在り方みたいなものがワインに乗り移っている部分があるのかと思います。
③まとめ
ワインの持つ柔らかさ、親しみやすさ、そして太田を通して伝わるチャーミングなエピソードから、感覚的な人というのがファブリーツィオの人物像だったのですが、論理的な考えがベースにあるからこそ破綻がない、というのが印象的でした。そして、彼の無茶ぶりの数々を「それが彼の仕事」と言いのけられるヴァスコやファミリーの真っすぐさがマッサ ヴェッキアがマッサ ヴェッキアたりうる所以なのかと思いました。(石橋)
●マッサヴェッキアの略歴(14:28~)
1985年 ファブリーツィオ ニコライーニと妻パトリーツィアによって設立
2001年 ヴィナイオータと取引開始
2007年 ファブリーツィオ夫妻、山奥への移住計画スタート
2008年 娘フランチェスカが本格的にワイナリーの仕事に参加
2009年 娘フランチェスカにMVを引継ぎ、ファブリーツィオ夫妻は山奥で自給自足生活
2015年 アイア ヴェッキア ファーストヴィンテージ
2018年 フランチェスカがマッサヴェッキアから離脱。ファブリーツィオが総監督となり、ファミリーでの運営にシフト
●畑での植え替えについて
クエルチョーラの畑で別品種への植え替えをしたりなど、畑でも変化があります。そのあたりは彼らのサイトでまとめられていますので、詳しく知りたい方は、マッサ ヴェッキアのWEBサイトもご覧になってみてください。
●Massa Vecchia WEBサイト
https://www.massa-vecchia.com/