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2024-03-26

ヴィナイオッティマーナ2024【造り手セミナー】デ バルトリ

①造り手紹介 (00:00~)

ヴィナイオッティマーナ2024 ピリオド2DAY1(2月7日)に行われたデ バルトリのセミナーです。シチリアから長男のレナートさんが来日してくれました。

シチリア島の西部マルサーラで1978年に創業したデ バルトリ。
マルサーラ・パンテッレーリア島・エトナの3か所にワイナリーがあります。

2世紀以上に渡ってブドウが栽培されてきた由緒正しい農場に伝わる伝統的な建物と農園、バーリオ サンペーリを祖母ジョセフィーンから、父マルコが引き継ぐ形で1978年にワイナリーは始められました。ワイン法によって歪められた現代のマルサーラ酒に抗議する形で、自身の住む地域が持つ伝統や価値を信じ真のマルサーラともいうべきヴェッキオ サンペーリを1980年に初リリースしました。

ワイナリー創業にあたり、父マルコが親戚、近隣の農家、廃業してしまったワイナリーから買い集めたワインの総量は750mlボトル換算で26万本相当にもおよび、中には1903年や1958年などのヴィンテージも存在し、45年経った今でも樽で熟成されています。

1984年にはパンテッレリーア島にある南西向き、標高200mのブックラム(アラブ語で“ブドウ畑の父”の意)という地区に5へクタールの畑と、1700年代に建てられた島独特の石造りの家屋ダンムーゾを取得し、ワイナリーを始めました。
1986年にパッシート、1989年からは北東向きの標高400mの畑でズィビッボの栽培を始め、1991年頃から酸化熟成ではないワインの生産も開始します。

2009年からは長男であるレナートさんが、Terzavia(テルツァヴィーア)、3番目の道という意味の別会社を立ち上げ、スプマンテの生産を始めます。

2011年にお父さんのマルコさんが旅立ってからは、レナート、セバスティアーノ、ジュゼッピーナの3兄妹で遺志を引き継ぎ、世界でも類を見ないワイナリーを運営し、
マルサーラに11.5ヘクタール、パンテッレリーアに6.5ヘクタールの畑でブドウを育て年間約10万本をボトリングしています。

そして2021年には、エトナにも畑とワイナリーを購入。DBE(デ バルトリ エトナ!)シリーズとして新しいワインを造りはじめ、2023年秋に初入荷しました。

②造り手への質問と回答

Q1. オータ認定 世界遺産「ヴェッキオ・サンペーリ」はもちろん偉大なお酒ですが、ヴィナイオータ界隈では究極の料理酒だとも呼ばれています。他の国でも認められてきた手ごたえはありますか?(5:00〜)

A1. ヴェッキオ サンペーリというワインが本来勝ち得るべき評価、認識は、イタリアを含めて日本以外はまだ勝ち得ていないと思っています。逆に言うのであれば、日本はヴィナイオータの仕事、また飲み手である皆様の繊細さ、感度の良さによって愛飲されていると思っています。

ヴェッキオ サンペーリは、年間750mlで7000本ほど生産、約5.500Lをボトリングしています。日本へは生産量の2割ぐらいを送っています。残りの8割がイタリアを含め他の国々に行っています。7000本の ヴェッキオ サンペーリを造るために、今この瞬間熟成されているものは120,000Lあります。つまり5,500Lのために120,000Lが常に熟成中です。長期熟成、酸化的な熟成を施したワインですが、乾燥している立地ということもあり尚且つ年間約10%程度のワインが蒸散してしまいます。100造っても次の年には90になっているので、減った分も造ってまた足すということをずっとやりながら常に120,000Lあるようにして年間5.500Lをボトリングしています。

ヴェッキオ サンペーリだけで、ワイナリーとしての活動を成立させるのは、今このご時世では難しいことです。本来いただくべき利益をいただくということで値段をもし上げるのであれば、 ヴェッキオ サンペーリだけを販売していてワイナリーが成立するのかもしれないですが、 ヴェッキオ サンペーリに適したブドウが毎年とれるのかといったらそういうことでもないので、酸化熟成ではない白ワインも造っています。

マルサーラの辺りのブドウ栽培とワイン醸造の文化は、2000年ぐらい前にフェニキア人が地中海全域に持ち込んで、始まったと考えています。
フィニキア人は海運に長けていた民族で、ブドウ栽培をする際に理想的な適地を選び、適地以外の場所へ輸送することで産業と文化を成立させていました。
昔は冷蔵の技術がないため、ボディや力のないワインだった場合、輸送に耐えられない場合もあり、日に当てていたらそれ以上、日に焼けづらい(酸化しづらい)、酸化熟成されたワインの方が、輸送に耐えられるということを長い経験上気づき、この土地で酸化的な熟成されたワインを造って飲むということが起きたのだと思います。

世界三大酒精強化ワインと呼ばれているスペインのシェリー、ポルトガルのポート、マデイラですが、そもそもアルコール添加をするということを思いついたのは、スペイン人でもポルトガル人でもありません。ワインに恵まれなかったイギリス人が、イギリスまで安全に持って帰る、もしくはイギリスからありとあらゆるインドなど植民地まで持っていくまでの間にワインをへたらせないためにはどうしたらよいかと考えたことで酒精強化ワインという技術が生まれました。これが200年ぐらい前の話です。世界四大酒精強化ワインとなるとマルサーラになるのですが、残念ながらシャリーやポートに比べるとマルサーラの方が、乱暴な言い方をすると酒精強化という技術を悪用するような使い方がされたのか、ワインというようはリキュールのようなものに成り下がってしまったという歴史があります。

それから時代が現代に向かっていくと、白ワインはライトで比較的透明でフルーティーでフレッシュでというものが尊とわれる社会になり、それが当たり前だと刷り込まれてしまいました。琥珀色がかった酸化した熟成のワインというのが認められづらいというのが現代といえると思います。ですが、一度その先入観を取っ払ってこのヴェッキオ サンペーリというワインに向き合ってもらえたら、このワインがユニバーサルで万能な飲み方が出来るとワインだと気付いてもらえると思います。料理に関しても少し冷やせば生牡蠣とも面白いですし、中華や、ちょっと辛い料理などは抜群に相性がいいです。チーズ、焼き菓子、ナッツ、チョコレート、どんな食材がきても合う全方位型です。食前酒、食中酒、食後酒にも使えますし、じっくりとメディテーションワインとしても楽しめます。しかし残念ながら、そう思ってくれている国、場所は、もしかするとここ日本ぐらいかもしれません。

Q2. 新しく始まった「DBE」 (デ バルトリ エトナ)2021年に畑とワイナリーを購入したプロジェクトとのことですが始めたきっかけはどんなことからですか?
またすべてネレッロ マスカレーゼで造られていますがこのシリーズのコンセプトや特徴がありますか?(19:20~)

A2. ワイナリーがあるマルサーラは、直線距離3kmほどで海があります。畑は平地です。また40年前からワイン造りをしているパンテッレリーアは火山活動で隆起して出来た小さな島で、標高が200m~400mのところに畑があります。マルサーラもパンテッレリーアもテロワール的に白ブドウに適地で、マルサーラはヴェッキオサンペーリを造っているグリッロを栽培、パンテッレリーアではズィビッボ(モスカート)を栽培しています。自分達が栽培しているブドウが白品種中心だと考えた際に、また別のエリアでポテンシャルのある土地で赤ワインが造れたら楽しいなと考えるようになりました。エトナで1940年代に植えられたネレッロマスカレーゼがある区画と、1800年代に建てられた人が足でブドウ踏むために凄い大きな石をくり抜いて造ったシンクのようなものがあったりするパルメント(醸造所)を見つけて一目惚れしてしまい、2020から2021年にかけて始めてたのがエトナのプロジェクトになります。

現段階で生産体制に入っているのは3haあり、これから植えるところが1ha。トータルで4haで2万本ぐらいのワインが造れればと考えている、それほど量を求めていないプロジェクトです。

平地・海岸のワインがマルサーラだとして、島でやや標高が高いワインがパンテッレリーア、山のワインとしてエトナ、気候環境もコンセプトも異なる3か所でワインを造ることによってデバルトリとして全方位的にラインナップを持てるということもエトナのプロジェクトを始めた理由のひとつです。

エトナでは、ネレッロマスカレーゼを中心にワイン造りをしていますが、それで2種類のエトナロッソ、収量に恵まれた年にはロゼもスプマンテも造ります。昨年に白ワイン用にカッリカンテの区画も入手しましたので、今年からは白ワインの醸造も始めることが出来ると思います。これでエトナにおいても、泡、白、ロゼ、赤と全方位的にワインを造れるようになります。ただ自分達の活動の中の範囲でやる小さなプロジェクトなので、沢山の量を造るわけではありません。

③まとめ

キング レナート!
フライトを勘違いしたのか2月3日(土)オッティマーナ東京の開催日に到着!ということが前々日にわかって、第1部のお客様が会えないのでは・・・という会社的ドキドキ。無事羽田についた→待っているお客様が多いデ バルトリだっただけに一安心。会の最中に現れるその降臨っぷりもキング感漂った登場となりました。

つくばでのこのセミナーの内容も事前に見せて欲しいと当日の朝声がかかり、緊張しましたが結果的に事前にOKをもらえたことで落ち着いてお話を聞くことができたと思っています。
文字や言葉にすると簡単に聞こえてしまうエピソードが多く、偉大かつ狂気(良い意味のクレイジーさ)をもったお父さんマルコの遺志を兄妹で継いでいくことも簡単なことではないのだろうとも感じました。当日時間がなくお父さんのことは聞くことができなかったのですが、しゃちょうとのミーティングで聞いた話では、マルコさんは自分のワインを車に積んで、直接有名なレストランなどに持っていきワインを飲んでもらい売って、車に積んだ分がなくなったら帰ってくる。なんてエピソードもあったようです。
レナートさんも一緒に食事をしていてもと食べる食材、料理への興味と好奇心と見極め力。ワインに関しても的確に言い当てるような鋭さ。そしてそれをすぐにつくった人やまわりに伝える早さの熱。やはり豪傑さを感じる造り手でありました。シチリアでも異なる3か所の土地、海辺、島、山、の特徴やその土地である意味をしっかり感じながら飲みたいワインです。(五月女かほり)

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