【ピリオド4 DAY1|2023/1/22(日)】参加造り手&飲食店

<ヴィナイオッティマーナ2022 ~ピリオド4~>

【開催日時】
DAY1:2023年1月22日(日) 10:00~17:00

【会場】
だだ商店 だだ食堂(茨城県つくば市流星台56-3)

【タイムテーブル】
9:30 受付開始
10:00 開場
10:30- 造り手セミナー①<Fonterenza>
     造り手セミナー②<Radikon>
     造り手セミナー③<Tropfltalhof>
12:00-15:30 大食堂
16:10 フィナーレ
16:45 送迎バス発車

-参加造り手-

Arpepe(イタリア / ロンバルディア)

造り手:Isabella Pelizzatti Perego / イザベッラ ペリッツァッティ ペーレゴ

ミラノから北に140km、スイスを目前にしたロンバルディア州最北部に位置するヴァルテッリーナ渓谷のほぼ中央に位置するアールペーペ。1860年にペリッツァッティ家によって創業されたワイナリーは50ヘクタールのブドウ畑を所有していましたが、相続の問題で一度売却しました。質より量や効率を重視したワインを目の当たりにし、失われゆくヴァルテッリーナのワインの伝統に憂えた父アルトゥーロは一部の畑を買い戻し始め、1984年にArpepeを創立。その想いは娘イザベッラと息子エマヌエーレへと受け継がれています。

畑はサッセッラ地区、グルメッロ地区、インフェルノ地区の南向きの急斜面に合計13ヘクタール所有し、ネッビオーロ(キアヴェンナスカ)のみを栽培しています。急斜面に作られた段々畑は、小さく点在してトラクターが入れないどころか、すべての仕事を手作業で行う必要性があり、恐ろしく作業効率が悪いのです。そのため、除草剤や化学肥料は使用していないものの、防除薬剤はボルドー液よりも強いものを使わざるを得ません。

ワイナリーではかつてのヴァルテッリーナのワイン造りと同様に、温度管理をせずに長期間のマセレーションとアルコール醗酵を行い、オークや栗、アカシア製の大樽と瓶内で超長期間の熟成を行うため、最低でも2~3年、長いものはブドウ収穫から考えて10年近い年月をかけているワインもあります。

Cantine dell’Angelo(イタリア / カンパーニア)

造り手:Angelo Muto / アンジェロ ムート

ナポリから車で1時間、アヴェッリーノの北16km、人口800人ほどの小さな村トゥーフォにあるカンティーネ デッランジェロ。創業は1970年、祖父と父アントニオが行ってきた農業を引き継ぐ形で、2006年からアンジェロの名前で本格的にワイナリーとしてのスタートを切りました。

現在は5ヘクタールの畑で、祖父や父と同じように自然と土壌の健全性を重視し、周りの環境に負担の少ない農法を実践、年間約2万本を生産しています。地元でカンパナーロ(鐘撞番)と呼ばれるゾーンにある彼らのブドウ畑は、1860年代から120年間も稼働し、多い時には900人もの人が働いていたという硫黄採掘所だった場所の真上に位置する標高300~350mの区画と、1700年代からグレーコが栽培されていたことが古文書で確認されている標高600mの急斜面にある1ヘクタール弱の区画トッレファヴァーレの2つの畑を所有しています。

ワイナリーでは20km離れたチェジナーリにあるカンティーナ デル バローネのルイージ サルノがエノーロゴ(醸造家)として中心となり、野生酵母による醗酵を行い、無清澄&無濾過でボトリングされ、偉大なイルピニアのテロワールをワインに反映させるためシンプルな醸造を心掛けています。

Cantina del Barone(イタリア / カンパーニア)

造り手:Luigi Sarno / ルイージ サルノ

100年以上農業を営んできたサルノ家が、1990年代にアヴェッリーノ郊外のチェジナーリでナポリの貴族(バローネ=男爵)から土地を購入し、ブドウとヘーゼルナッツの栽培とワイン醸造を始めたのがカンティーナ デル バローネの始まり。2008年に息子ルイージ サルノが本格的に参画しました。

畑が火山性土壌でミネラルに富み、農薬に頼らない農法に適したミクロクリマを持っていると感じた父アントニオがこの土地を選び、栽培しているブドウは伝統品種であるフィアーノのみ。畑では働く人間と自然環境に最大限のリスペクトを持ち、ボルドー液以外の薬剤を使用せずにブドウを栽培。ワイナリーでも出来るだけ人為的作業を排除しシンプルにブドウと向き合うことを心がけています。

現在では標高350mの丘の上の11ヘクタールの敷地内に2.5ヘクタールのブドウ畑、4ヘクタールのヘーゼルナッツ畑を持ち、年間16,000本のワインを生産。イル カンチェッリエーレのクラウディオと親交が深く、エノーロゴ(醸造家)を務めるカンティーネ デッランジェロのアンジェロとともに小さな協会を設立、イルピニアの小さな造り手たちが生き残るためのネットワークの構築に努めています。

Fonterenza(イタリア / トスカーナ)

造り手:Francesca Padovani / フランチェスカ パドヴァーニ

トスカーナ州モンタルチーノから南西に10km、サンタンジェロ イン コッレで両親が1975年に購入した別荘で夏休みを過ごすことを楽しみにしていた、マルゲリータとフランチェスカのパドヴァーニ姉妹。1997年、マルゲリータが21歳のときに、ミラノでの生活を離れ農業を始める決意をし、オリーヴの栽培とオイルの生産を始めました。1999年にはブドウを植えワイナリーとしてスタート。2000年にフランチェスカが移住してきたことで彼女たちの夢がより現実的なものになりました。

レ ボンチエのジョヴァンナ モルガンティやマッサ ヴェッキアのファブリーツィオ ニコライーニと親交が深く、ブドウ栽培、ワイン醸造に対して強く影響を受け、人間の都合を優先した農業ではなく、自然に敬意を払った農業を実践します。土壌との対話から学んだことを生き方と働き方に活かし、次世代へ繋げていきたいと考えています。

また、元々マルゲリータの単独所有だったワイナリーは、2017年からフランチェスカも正式に共同経営者となり、カンピ ディ フォンテレンツァからフォンテレンツァにワイナリー名を変更。現在ワイナリーの近くに1.6ヘクタール、モンテ アミアータ山の麓に4つの区画で2.6ヘクタールの畑でブドウを栽培しています(標高420~450m)。それ以外にも友人が働くキャンティの農園やカパルビオ(グロッセートの南)の信頼のおける農家から買い取ったブドウも一部使用。別荘の厩舎と穀物置き場だった小屋を改装したセラーで醸造を行い、二酸化硫黄も極少量のみ使用。

Il Cancelliere(イタリア / カンパーニア)

造り手:Claudio Panetta / クラウディオ パネッタ

ナポリから東に75km、タウラージの生産地域の中心部にあるアヴェッリーノ県、人口2800人の小さな村モンテマラーノ郊外にある家族経営ワイナリー、イル カンチェッリエーレ。ワイナリー名は、読み書きができない地元の農民たちのために家々をまわり、彼らの助けをしていたソッコルソ爺さんの祖父のあだ名「O’Cancelliere(特定の国家的官職を示した)長官」から取られました。

ロマーノ家は、この地域で1800年代半ばからブドウ栽培を中心とした農業とワインの醸造で生計を立ててきました。それまでのタウラージの農家と同様に、大半のブドウを仲買人や大規模ワイナリーに卸し、自家消費用と常連客用の量り売りワインの生産をしていましたが、カンティーナ ジャルディーノのアントニオ デ グルットラに背中を押される形で、母パスクアーレから多くの仕事を引き継いだ娘ナディアと義理の息子クラウディオを中心に2005年のブドウから自家ボトリングでのワイン販売を開始しました。

ワイナリーに隣接した7ヘクタールの畑(標高450~630m)では、除草剤などの化学農薬は使用せず、ボルドー液のみを使用し栽培を行っています。自分たちの土地が持つ環境を出来るだけシンプルにワインで表現するため、この地域の伝統と、ロマーノ一族が育んできた農民の知恵と経験を活かしたブドウ栽培とワイン醸造を行いながら、年間約2万本を生産しています。

Radikon(イタリア / フリウリ ヴェネツィア ジューリア)

造り手:Sasa Radikon / サシャ ラディコン

1807年にフリウリ ヴェネツィア ジューリア州オスラーヴィアに居を構えたラディコン家。1980年より現当主サシャの父 故スタニスラオ(スタンコ)にワイナリーは委譲され、それまで量り売りしていたワインを自らボトリングするようになりました。

父スタンコの生まれ故郷であるコッリオは伝統的に白ワインの産地であり、赤のような複雑な味わいの白、それを出来る限り自然な醸造で造ることができないかと考え、祖父エトゥコが行っていたマセレーション(皮や種ごとの醗酵)という仕込みに着目。それは、収穫されたブドウを除梗もせずに皮や梗ごと木桶に放り込み、自重で潰れたブドウから出たジュースから自然と醗酵が始まり、果帽が上ってきたところで人力の圧搾機で絞り、皮や梗と果汁を分けるとモストはそのまま醗酵を続けていく、というシンプルな醸造でした。

1995年に土着品種であるリボッラ ジャッラこそ自分たちの土地に適合してきたブドウであるという考えから、実験的にマセレーションを行います。同年から畑での除草剤や化学肥料などの使用をやめ、化学薬剤の介在がない農法へと移行。タンニンを丸くするため、生産量の8~9割を占める白ワインは、樽できっちり3年寝かせ、ボトリング後もビンで3年寝かせているため、収穫年から約6年後にリリースされます(赤にいたっては収穫年から約10年)。

Tropfltalhof(イタリア / トレンティーノ=アルト アディジェ)

造り手:Andreas Dichristin / アンドレアス ディクリスティン

ヴェネツィアから北西に250km、ボルツァーノの南西20kmの場所に位置するカルダーロは南チロルで最も特徴的なワインの産地として知られ、一族の手によって耕されてきたトロプフルタルホフの畑は、1980年代に現当主アンドレアス ディクリスティンへと受け継がれました。ワイナリー名の「トロプフルタルホフ」は、この地域の言葉で「水の滴り落ちる渓谷の農場」という意味で、川の水が干上がることもあるほど気温が高く乾燥した夏となるこのエリアの中でも、絶えず水が流れる小川がある場所を指しています。

「自然に対峙するのではなく、自然と共にある」という言葉通り、畑でブドウを観察することに膨大な時間をかけ、自然と大地の調和と均衡の手助けをしたいと考え、1997年からビオディナミ農法を実践しています。2009年までは生産したブドウを別のワイナリーにすべて卸していましたが、2010年より自らワインを醸造しボトリングを開始しました。

彼が考える循環型農業のなかで「めん羊」は重要な存在であり、羊が食べる牧草を自らで育て、羊の糞尿は堆肥となり畑を豊かにし、羊の肉はサラミやスペック(燻製した生ハム)に、刈られた羊の毛とともにワイナリーを支える一助となります。3つのブドウ畑の合計は2.6ヘクタールで、ブドウ以外にもリンゴ、スペルト小麦、トウモロコシを栽培。傍らでアグリトゥリズモも運営し、宿泊者には農業体験と共に、家族が仕込んだ加工食品を味わってもらうことで、身体全体でこの土地を感じてもらうことに努めています。

毎年異なる特徴を備えるブドウを余すことなくワインとして表現するため、熟成容器にはアンフォラと木樽を選び、ワイナリーにはエレベーター以外に機械はなく、ポンプや濾過機すら使わず重力や液体の特性を活かしたワイン造りを目指しています。

-参加飲食店-

impeccable (長崎)

料理人:大坪 慎一 / Shinichi Otsubo

料理人を志して34年。フランスで2年、東京で10年の修行を経たオーナーシェフの大坪さんが、2001年8月に故郷の長崎でオープンしたフランス料理店『アンペキャブル』。長崎の海、大地、文化、歴史。長崎半島ならでは、をフランス料理として表現するのが「アンペキャブルらしさ」です。長崎半島の南端 野母崎で穫れる魚は市場や魚屋さんではあまり馴染みのない魚もあり、自身で目利きして仕入れています。自然に寄り添い、その恵みに感謝する姿勢で野菜や食材と向き合って料理する。天候が荒れ、時化が続くときにはシャルキトリーを仕込むことも。

Vin et cuisine ヒヒヒ (宮城)

料理人:伊藤 久之 / Hisayuki Ito

ワインに寄り添う料理、料理に寄り添うワイン。宮城県仙台駅から少し歩いた閑静なエリアにある『Vin et cuisine ヒヒヒ』は、訪れるお客さん皆んながヒヒヒと笑えるようなお店にしたい、という想いから名付けられました。地場の食材を使ったフレンチビストロ料理を手掛けるのはオーナーシェフの伊藤さん。食材がどういう土地で育まれるのか、純粋な疑問と興味から、まずは実際に肉や魚介類、野菜や果物の生産現場へとできる限り足を運んでいます。

葡呑 (東京)

料理人:中湊 茂 / Shigeru Nakaminato

西麻布の裏路地にある古民家を改築した2階建ての一軒家『葡呑』。老舗鮮魚店の三代目でもある、大将 中湊さんと着物姿の女将 熊坂さんによる、旬の食材を使った繊細な味の和食と相性のよいナチュラルワインを楽しむことができます。海外と日本を行ったり来たりとアクティブな中湊さんの元には海外からのお客さんも多く訪れ、店内は国際色豊かな空気感に溢れます。

クオーレ フォルテ

サービス:羽賀 大輔 / Daisuke Haga

下北沢一番街の入り口にあるイタリア料理店。店主の羽賀さんは、もともと青山 『フェリチタ』などのイタリアンでの経験を経て、2010年に独立しました。イタリア語で「強い心」の意味を持つ、イタリアの郷土料理とナチュラルワインのお店『クオーレ フォルテ』、2013年にはその階下に『フェーガト フォルテ』をオープン。約8mのムク材一枚板のカウンターを中心としたオープンキッチンが、見ず知らずのお客さん同士の会話も促してくれます。

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